真面目だけど、ちょっとイタイ。そんな感じで受け止めて(はぁと
ワールドメイト信者と思しき http://youshare.jp/profile.php?ID=6100 のブログより
わたしの尊敬する深見先生のお話のほんの一部をご紹介致します。
深見先生のこの芸術に対する思いとはいかなるものなのかを、ここで改めて
確認しておきたいと思うのです。少々長いですが、過去のメルマガから抜粋しますの
で、頑張って読んでください。
【文学と芸術の美徳や創造は、世界の人々が共有できる宗教性であり、教理や国籍や
人種を超えた、普遍的な宗教性に基づくものなのです。親鸞や日蓮に文学があり、空
海、最澄、法然、一遍、道元にも文学があった。その中でも、霊力と文学性、芸術性
は空海が圧倒的に一番でしょう。
このように、宗教性、霊性、文学性、芸術性は、見事に連動して一致するのです。
王仁三郎も、スウェーデンボルグも、聖徳太子も、白隠も、レオナルド・ダ・ヴィン
チも、空海と全く同じです。最高位の霊覚や霊智とは、文学性や芸術性を抜きにして
は、決して得られるものではないのです。
また、偉大なる政治家には、どの人にも優れた文学性がありました。文学とは、人
間の本質をあらゆる角度で探り、かつ表現するものなのです。また、人々の心を捕ら
え、揺さぶる技術であるとも言えます。だから、文学なき宗教家や政治家、また芸術
家や事業家は、皆偽者であるうと言っていいでしょう。つまり、一定以上の高い宗教
性や霊性などの内面は、文学と芸術によってしか磨けないのです。
人類の至宝とも言うべき、高いレベルの文学や芸術をマスターし、表現できれば、
その人の御魂は人類の至宝というべきものになる。高い芸術性や霊性とは、御魂の高
度な発達や位を表すものです。(中略)今まで誰もやらなかった高度な芸術の創造
や、日本文化を前面に打ち出す西欧文化最高の芸術オペラは、将来の日本やご神業に
とって、大きな意味があるのです。なぜここまで苦しみながら、芸術の創造を続ける
のか。それには深い意味があると述べましたが、マストテープでは触れなかった点を
少し加えて触れましょう。
琴座星雲に新しく開かれた、第六神界に現われる国常立大神は、萬創主(よろずつ
くりぬし)と申し上げ、私の奇魂となって昭和52年から仕組を進めているのです。
この頃の多くのご神示が、「御神示録」に残っています。この頃の「御神示録」を詳
しく見れば、
何の説明もいらないのですが、貧しい人や苦しめる人を救うだけが、この度の仕組で
出された神業や救済ではないのです。
前述した、御魂の高い進化や位とは、徳と功と知恵と悟りを促進するだけではな
く、人類の至宝とも言うべき高いレベルの文学や芸術による、高いレベルの練磨と実
践が必要です。前述した一定以上とは、兜率天の上位3分の1以上のことです。例え
ば、ガブリエル天使は、主に宗教や悟りや啓示を担当しますが、フィレンツェでは、
チャイコフスキーやモーツアルトなど、多くの芸術家に啓示を与える芸術性や、文学
性も合わせ持つのです。また、ミカエル天使は政治、学問、芸術、科学、経済など、
文明文化の全てを管轄しており、万能自在です。このミカエル天使、即ち金星の主宰
神であり、地球美を創成するスサノオの大神と神人合一し、この神を人類のために使
いこなすには、そういう要素が全くない人間では、始めから不可能です。ご神霊が納
得して、神懸かるはずがないのです。
人類の良き未来のために、日本人である私が、人類のトップの人々を感化し、育成
し、導くために、気の遠くなるような時間と努力の修養をやらされているのです。天
使や神を使いこなす神人、欧米人もアジア人もアフリカ人も尊敬する日本人、それが
世界本山。それらの人々の「御魂返し」をやる神人、それが世界本山。そうでなけれ
ば、世界のトップの人々に感化力を発揮し、みろくの世作りへと動かすことはできま
せん。15歳で発願し、今までに40年の修養をやり遂げました。あともう、40年
の修養を発願しています。そして20年前からは、さらに1日も休まない精進の日々
が続いているのです。
ところが、この深遠なる神仕組を30年前に植松先生から知らされ、深く広く咀嚼
して、神業と神仕組一筋に生き抜いているにもかかわらず、深い部分を正しく理解し
ようとしない会員が多いのは、本当に悲しいことです。著作やテープやビデオや御神
示録を深く学ぶこともせず、ご利益と浅い使命感を満たす神業にだけ、ほたるの灯の
ように一時燃え、また草むらに消えてゆく「ほたる会員」を見るにつけ、ほんとうに
情けない思いで一杯になります。また、自分の理解力や文化、教養レベルの低いこと
を棚に上げ、「なんで深見先生は、自分達がこんなにご神業に励んでいるのに、芸術
なんかに励んだり、資金を使うのか。」と言いながら、皆に還元している無料公開の
薪能にも来ず、1万円以上でもいいものを4000円にした、「リゴレットinジャパ
ン」のB席のチケットも買わず、無料公演の「第九」にも来ないのです。
ところが、文学や芸術をたしなみ、素養がある会員は、自分が信じる教祖が文学や
芸術に秀で、万能大自在であることを誇りに思い、大歓喜するものです。自分達の捧
げた玉串が、芸術、文化の支援や若き芸術家の育成に使われ、宝生東州会、春風書画
展、東京、大阪、名古屋のアルプス合唱団に還元され、自分達にも芸術活動に参加す
る機会が与えられていることに、心から喜びと感謝を捧げるものです。無論、私もア
ルプス合唱団も、神事遂行が第一であり、芸術は第二のものです。しかし、どちらも
大切な神業であることには変わりません。(以下略)」(2006.10.14 「メルマガ
Vol.460(ああ、教祖の嘆き。なぜ、私が芸術をやるのかの理由。初の、ゴーマンか
ましてよかですか?篇)より抜粋」】
さて、皆さん、何をお感じになりましたか?芸術とは、文学とは、と思考をめぐら
してくださいね。ただ全ては人類を救わんとし、世界本山となるべく、深見先生は何
十年も修養されてきたことは、紛れもない事実なのです。神業を通じて如何に極めて
いくことが大切かお解りかと思います。でも勘違いしないでくださいね。「今、本読
んで忙しいので神事に行けません」とか「今度、コンサート見に行ってくるので、神
事の玉串がなくなるので、ごめんなさ!」なんていうことを言ったりしないでくださ
いね。第一は神業です。これを間違わなければ、必ず一石四鳥、五鳥となるように、
神様が環境を整えてくださいますから、焦らずに辛抱強く、神業に励んでください
ね。