元教団NO.2の西谷泰人。統一教会などのカルトに所属していた経歴もある、金儲け大好き占い師の知られざる過去に言及したブログ。
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第三の眼の事を徹底的に紹介していますが、今日は私が第三の眼を開いた時の事を紹介します。
それは確か私がまだ学生の頃でした、時は3月始め。渋谷の岸体育館とって、全てのスポーツの協会が集まっているところがあります。そこで体育会テニス部の主将主務会議というものが開かれたんです。当時は法○大学体育会テニス部の主将をしていたので、マネージャーと一緒に会議に参加した帰りでした。
その帰りに、当時渋谷にライブ喫茶というものがあって、昼間から歌を聴かせてお茶が飲める変わった店があったんです。何か當に虫の知らせがあったように、その店に入って行きました。
その日 歌を歌っていたのは、西谷泰人という歌手で、歌はまあまあだと思って聴いていたのですが、変わったことに本職は手相観だというのです。本も出している。そんなトークが混じりながらライブの最後に「私が手相を観ると、一件5000円頂いています。本を出している手相家は1万円貰うのが相場ですが、本日は特別にただで観て差し上げます。希望の方は手を挙げて下さい。」 そう言うのです。 とっさにマネージャーに手を挙げさせました。
そうしたら、西谷泰人は忙しく手を挙げた人のところを回り始めます。私達のところに来たと思うと、ニヤって私達に笑顔を振りまいて素通りしていきます。帰りを急いでいた私達は焦っていたのですが、結局西谷さんが私達のところに来たのは、一番最後でした。
そして西谷さんは座ると同時に「私は人のオーラを見る事が出来ます。」 「今日の会場の中で、あなた達の座っていた茲が一番明るかった。 あなた達は凄い天上界から降りてきてますね。 凄かったです。」 と言うのです。 いきなりカンターパンチを食らった感じでした。
そして手相を見終わった時に、最後にこう言い出すんです。
「第三の眼というのが在って、それを開けるとオーラが金色になります。どんなに宗教で修行を積んだ人でも最高で紫色止まりです。だけど第三の眼が開くと誰でも最高の金色、しかも白金色と言った方が良いでしょう。それになれます。
オーラが金色になると、銃弾も通しません。つまり鉄砲で直接撃たれても、絶対に弾は当たりません。昔の中国で、銃殺刑の折りに、第三の眼が開いていた人だけが弾が当たらずに生き残りました。」「別に特別な修行がいるわけではなく、一生に一回だけの簡単なセレモニーでオーケーです。 お金もかかりません。」「今度の日曜日、○時に○○駅に来て下さい。」
ただし最後にこう締めくくったんです。
「しかしこれは、選ばれた人しか開ける事が出来ません。もしも来ると決めたならば、よく邪魔が入ったりしますから、気を付けて下さい。」もう 私は目が点になっていました。そんなものがあるのか・・・
宗教的な勧誘とは なんか全然違うものを感じましたし、今迄に経験したことの無い、魂の底から動くものを、この時には感じました。その時期は、実は関東リーグ戦といって、野球で言えば六大学みたいな、一年で一番大事な時期にありました。そんな衝撃的な出会いから、その日曜日になったんです。運良くその日は雨で練習が休みになりました。
しかしその前日に、もう明日雨で練習が休みならば、第三の眼を開けに行こうと、心の中で決めており、しかし最後に言われた言葉、邪魔が入る。これがやけに気になって、これも衝動的に、家にあった般若心経のレコードを何回もテープに入れて、ウォークマンで聞きながら約束のところに行きました。
そして、西谷さんとおちあって、その場所に行きました。その詳細はあえて省きますが、私にとっては人生最大の衝撃でした。
セレモニーを受けるんです。簡単はお払いみたいな感じでした。それは神社のお払いみたいな感じなのですが。その折りに先生みたいな方が、「心眼の開眼の時です。」と言ってその開眼をしました。
(あまりくわしく言ってはいけない、みたいなので 言いたいけど ごめんなさい)その開眼の感覚というか、びっくりしました。
なんと、私の頭の上というか、回り30センチくらいのところが、まるで風船が爆発した様にバーンと音をたてて爆発したんです。 そしてその第三の眼からすごい光が放射し始めたのが、はっきりと認識できたんです。手に取るように 自分自身が根底から変わったことが分かりました。セレモニーが終わって、その第三の眼の事を説明されたのですが、それが又驚きでした。なんと お釈迦様もこの第三の眼を開いて悟りを開いたという事とか なんか凄い事ばかりが並んでびっくりです。
しかしその内容よりも、私の心境の変化に自分で驚いていました。そんな説明は聞いているような、いないようなそんな感じです。実に私は、中学、高校の時から 孔子の論語や老子や聖書、仏教の本。そういう本が大好きだったんです。テニスでは朝から晩まで血のにじみ出るような修行をして、精神を高める為に座禅を組んだり、ヨガをやったりもしました。そんな下地があったからだと思いますが、そんななか全てのものが、この第三の眼に繋がっているのを感じました。
孔子が 「朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」と言った事。つまり朝 本当の道を知る 得れれば、夕方に死んでも良い というあれから来たのだと思うのですが、帰りの道を歩きながら 衝撃的に浮かんだ言葉は
「もう 死んでも良い 」
「これを 開ける為に 生まれて来た 」
そんな事が、衝撃的に 心の奥底から湧いて来たのです。
人生 まさにこれからという自分が、そんな事を思っている事自体に驚きました。テニス界で大成功しようと思っているのに、
なんか生きる事への執着が全部取れてしまった様に、
「もう死んでも良い」だけど それが 本当に深いところからわき上がってくる
自然な心であり、素直な自分の心情でした。確かに、その第三の眼から、 今迄経験したことのない様な オーラみたいなものが放射し続けているのが、はっきりと分かりました。
後光が放射している感覚ですね・・
それに オーラが黄金 白金色のようになっているのも なんとなく分かりました。多分、その日に第三の眼の鍵を開けたんだと思います。
しかし その瞬間には化学変化を起こしたように、一瞬覚醒したんでしょう。チャクラにしても開くという言葉は、曖昧で、
鍵があく、つまり動き出す事と、活性化して動き出すのとは
雲泥の差があるはずです。聖人君子になれば いつも活性化して覚醒している状態になれるんでしょう。
その時に、はっきりと 自分の第三の眼が動き始めた事。
それだけは確実に感じました。私の精神的土台も この日を境に大きく変わっていった様に思います
それは、私自身の本性が目覚めたのだそうです。
自分の中の神が動き始め、
自分自身と神がいつでも話が出来る様になったんだと思います。テニスを通じて、多くの経験をして来ました。
有名な方とも知り合いになれました。
劇的な経験は沢山ありました。それでも、この第三の眼を開けた日以上に
衝撃的経験は、未だかつてありませんでした。深く、深く、しかも大きなものが開いた感覚
言葉には出来ない感覚です。経験でした。
老婆心ながら、大丈夫か、このブログ主と思ってしまいました。それにつけても西谷泰人、あやしすぎ。